肩書き OR 証し?
February 26, 200923日の日曜礼拝に、ゲストが来ました。アメリカからの牧師先生でした。
彼のメッセージに励まされ、考えさせられる事が多かった・・・。
クリスチャンだけでなくて、みんなにも当てはまると思うんです。
みんなの人生で大切なのはどちらですか?
肩書き?それとも証し?
先生の言った「肩書き」は、この場合、社会的地位、成功、成し遂げた事を指すんだと思います。大学の学士とか、履歴書に書くこととか。
これらのものは確かに大切です。
自分もこういうもの無しではここまで来てないと思うし。
でも、これらはいつしか価値を無くしてしまうものなのではないかとふと思います。
じゃ、質問をちょっと変えてみましょうか。
どのように、人から覚えていてもらいたいですか?
肩書き?それとも、その人の人生に影響を与え、一緒に過ごした時間で?
キリスト教で、「証し」というのは、神様との関係の中で自分が経験した事、感じた事を話したり、文にした事を指します。そんな深い内容じゃなくても、日々感じている事だけでもいいんです。
じゃ「証し」の何がそんなに大切なのか?
「証し」が持つもう一つの力は、誰かと時間を共有になるという事だと思います。
他の人に「証し」をするとき、神様はその人たちと自分を「橋」でつないでくれるようなイメージ。
「証し」の良いところは、自分がした事、成し遂げた事を自慢する事にはならないところかなぁと思います。自分ではどうしようもない時に、神様に助けられたことを話す。それは周りの自分だけではなく、周りの人にも共通することなんです。
そして、人の心に「証し」が残るのは、それが変化を生み出すきっかけになるときもあるからです。
「肩書き」と「証し」の違いを説明するのを助けるのは、次の聖書箇所なのかもしれない。
1コリント13:1~3
「たとい私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。
また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。
また、たとい私が持っている物を全部貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」
先生が、「肩書きよりも、証しを大切にしなさい」と言ったのは・・・
何もするな。
人生の中でスキルアップやレベルアップするな。と言っているのではないのです。
ただ、肩書きや、履歴書に書かれていることに「心」がなければ、それほどまでの価値がないという事だと思うのです。
それが人と人との間の「橋」を完成させるものなのかもしれない。
今日も神様に心を和らげてもらう私です。
皆さん、良い一日を!



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